大判例

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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)1410号 判決

原告

菊地忠吉

ほか一名

被告

知念仁徳

ほか一名

主文

被告らは各自原告らに対し各金九一三万四、五三八円およびこれらに対する昭和四七年七月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告は、「被告らは連帯して原告らに対し、各金九一三万四、五三八円およびこれらに対する昭和四七年七月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一  訴外亡菊地孝幸(以下、単に孝幸という。)は、次の交通事故により死亡した。

1  日時 昭和四七年七月一〇日午前七時五分頃

2  場所 東京都足立区東和五の四の二一先交差点

3  事故車 普通貨物自動車(足立一一や二五五)被告知念運転

4  態様 孝幸が原動機付自転車(葛飾う七〇七四)を運転し青信号に従つて前記交差点を直進中、時速約六〇キロメートルの速度で交差点に進入してきた事故車に衝突されて受傷し、約三時間後に死亡した。

二  被告らは、それぞれ次の理由により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(一)  被告知念は、事故車を運転して交差点を直進するに当り、すでに進行方向の信号機が赤色燈火の信号を示していたのであるから、同交差点手前の停止線で停止すべき注意義務があるのにこれを怠り、右信号を確認しながらこれを無視して同交差点に進入し本件事故を惹起せしめたものであるから、不法行為者として民法七〇九条による責任。

(二)  被告岡野は、事故車の使用者として事故車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

三  本件事故により原告らは次のとおりの損害を蒙つた。

(一)  葬儀費用 三六万二、三〇一円

原告らは、孝幸の死亡に伴い葬儀費用として三六万二、三〇一円の出捐を余儀なくされた(原告ら均分支出)。

(二)  孝幸の逸失利益 一、六九〇万六、七七六円

孝幸は、事故当時、日本経済新聞社育英会に応募して同新聞社亀有専売所に新聞配達員として勤務するかたわら、同育英会の援助のもとに早稲田大学教育学部英文科二年に在学していた二一才の健康な男子であつたので、右大学を卒業する昭和五〇年三月までの三三ケ月間は新聞配達員として毎月三万円、合計九九万円の収入を得、同年四月から三九年間は大学卒の資格のもとに就労し、その間学卒者の年間平均給与額七四万六、八五〇円(昭和四六年度賃金センサスによる。)の収入を得ることができたはずである。そこで、右収入を基礎に孝幸の生活費として収入の五〇パーセントを控除し、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して孝幸の逸失利益を計算すると一、五九一万六、七七六円となる。

(三)  慰藉料 六〇〇万円

原告忠吉は孝幸の実父、原告ハルヨは実母であるところ、将来を期待していた孝幸を失つた精神的苦痛ははかり知れないものがあり、右原告ら精神的苦痛を慰藉すべき額は、原告らに対し各三〇〇万円をもつて相当とする。

四  原告らは、孝幸との前記身分関係に基き前記孝幸の逸失利益請求権を各二分の一宛相続したので、被告らに対し各一、一六三万四、五三八円の損害賠償請求権を有しているところ、昭和四七年一一月二日強制保険から五〇〇万円の支払を受けたので、原告らの右損害賠償請求権に対し二五〇万円宛充当する。

五  よつて、原告らは被告らに対し各金九一三万四、五三八円およびこれらに対する事故発生の日の後である昭和四七年七月一一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

と述べ、証拠として、甲第一ないし三号証を提出し、証人花城滋典の証言を援用した。

被告知念は、本件口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた答弁書には、請求の趣旨に対する答弁として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める旨の記載があり、請求原因に対する答弁および被告の主張として、

一  請求原因第一項の事実は認める。

二  同第二項(一)の事実中、「すでに進行方向の信号機が赤色の燈火の信号を表示していたので」とある部分は否認し、その余は争う。

三  同第三項中、事実関係は不知、損害額は争う。

四  同第四項中、原告らが強制保険から五〇〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は不知。

六  被告知念は、前車に追従して本件交差点に進入する際、信号が黄信号であることに気がついたけれども急ブレーキをかけても停止線の前で停止することは無理であつたためそのまま交差点を通り抜けようとして交差点に進入したところ、交差点進入直後、信号が赤色に変るのと同時に被害者運転の原動機付自転車が左側から交差点に進入してくるのを発見し、急ブレーキをかけるのと同時にハンドルを右側に切つて衝突を避けようとしたが間に合わずに本件事故となつたもので、被害者にも左右の安全を確認することなく、いまだ赤信号の間に漫然と見込発進をした過失があるので、過失相殺の主張をする。

との記載がある。

被告岡野は、公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

理由

一  事故の発生

その方式および趣旨により〔証拠略〕を総合すると、請求原因第一項の事実が認められる(被告知念との関係では右事実は当事者間に争いがない。)。

二  責任原因

(一)  〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場は南北に通ずる歩車道の区別のある車道幅員八・六メートルの道路と東西に通ずる歩車道の区別のある車道幅員八・九メートルの道路が交る見とおしの悪い交差点であり、右交差点には信号機が設置されており、事故当時右信号機により交通整理が行われていたこと、被告知念は事故車を運転して時速六〇キロメートル位の速度で右東西道路を西から東へ向つて進行し、右交差点の手前約五〇メートルの地点で対面の信号機が黄色の燈火を示しているのに気がつき、さらに、交差点の手前約二八メートルの地点まで進行したとき右信号機が赤色の燈火に変つたのに気がついたが、その時点でもなお前記速度のまま進行していたので、急ブレーキをかけてもスリツプして交差点の中央附近に停止することになると考えてそのままの速度で交差点を通り抜けようとしたところ、交差点の手前約一〇メートル位の地点で左方道路から交差点内に進入してくる孝幸運転の原動機付自転車を発見し、危険を感じて急ブレーキをかけるとともにハンドルを右に切つたが間に合わずこれと衝突したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、本件事故は被告知念の信号無視の過失によつて惹起されたものであること明らかであるから、同被告は不法行為者として本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

(二)  〔証拠略〕を総合すると、被告岡野は事故車を所有し、同被告が岡野建設株式会社と称して営んでいた土建業の用に供していたことが認められるので、同被告は事故車の運行供用者として自賠法三条により本件事故によつて生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  葬儀費

〔証拠略〕を総合すると、原告忠吉は孝行の父、原告ハルヨは孝幸の母であり、孝幸の事故死に伴つてその葬儀をとり行いその費用として三〇万円以上の支出をしたことが認められるが、後記認定の孝幸の年令、身分等からみてそのうち三〇万円をもつて本件事故と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

(二)  孝幸の逸失利益と原告らの相続

(1)  〔証拠略〕を総合すると、孝幸は死亡当時二一才の健康な男子で、事故当時、勤労学生に新聞配達の職場と勉学の機会を与えることを事業目的とする日本経済新聞育英奨学会に入つて同新聞社亀有専売所で新聞配達に従事し、食費および学費の支給を受けるほか毎月三万円の給与の支給を受けて早稲田大学教育学部二年に在学していたことが認められる。

そして、二一才男子の平均余命が五〇年を越えることは当裁判所に顕著な事実であるから、孝幸は、本件事故に遭遇しなければ右大学を卒業する昭和五〇年三月までは右育英奨学会で新聞配達の仕事を続け、その後、大学卒業時の満二四才から六七才までの四三年間、平均的な大学卒の男子労働者と同程度の稼動をなし得たものと推認されるところ、昭和四八年賃金センサスによると同年度における大学卒男子労働者の平均年収は二〇一万八、三〇〇円であり、昭和四九年度の平均のベースアツプ率が三〇パーセントを超えることは当裁判所に顕著な事実であるから、孝幸は本件事故に遭遇しなければ、昭和五〇年三月までの三三ケ月は少くとも毎月三万円、大学卒業時の二四才から六七才までの四三年間は毎年右平均年収の一・三倍である二六二万三、七九〇円の収入を得、右収入の中から生活費等としてその半分を支出するものと推認される。

そこで、右孝幸の逸失利益の事故当時の現価を大学卒業時までの収入については月別のホフマン式、それ以降の収入については年別のライプニツツ式により年五分の中間利息を控除して計算すると別紙逸失利益計算書のとおり二、〇三四万七、〇二二円となる。

(2)  原告らが孝幸の父および母であることは前示認定のとおりであり、弁論の全趣旨によると孝幸には原告ら以外に相続人がないと認められるから、原告らは右孝幸の逸失利益請求権を法定相続分に従つて二分の一宛相続したものと認められる。

(三)  慰藉料

以上認定の原告らと孝幸との身分関係、孝幸の年令等諸般の事情を考慮すると、原告らが孝幸の死亡によつて受けた精神的苦痛を慰藉するには、原告らに対し各三〇〇万円をもつて相当と認める。

四  過失相殺の主張について

被告知念は、孝幸には対面の信号がいまだ赤色燈火のうちに青色燈火になるのを予測して発進するいわゆる見込発進をした過失があるので、損害額の算定に当つては右過失を斟酌すべきである旨主張するが、前顕甲第一号証によれば本件交差点の信号機は一時四方同時に赤色燈火になるシステムのものではなかつたことが認められ、右事実と前認定の本件事故の状況を併せ考えると、孝幸は青信号に従つて発進したものと認められ、右認定に反する証拠はない。

もつとも、孝幸が対面の青信号に従うだけでなく、左右の安全をも十分確認して発進すれば、本件事故の発生を避け得たのではないかと考える余地もないではないが、本件事故は前認定のとおり被告知念の信号無視という重大な過失によつて惹起されたものである点を考慮すると、本件原告らの請求については、過失相殺をするまでもないものと認めるのが相当である。したがつて、被告知念の過失相殺の主張は理由がない。

五  損害の填補

原告らが、本件事故に関し自賠責保険から五〇〇万円を受領し、これを原告らの右損害賠償請求権に各二五〇万円宛充当したことは原告らの自認するところである(右五〇〇万円の受領については、原告と被告知念との間では争いがない。)。

六  そうすると、被告らは各自原告らに対しそれぞれ一、〇八二万三、五一一円および本件不法行為の日である昭和四七年七月一〇日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、右範囲内で被告ら各自に対しそれぞれ九一三万四、五三八円および昭和四七年七月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告らの本訴請求はすべて理由があるので、いずれも認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

逸失利益計算書

(1) 30,000円×0.5×30.8595=462,892円

(2) (125,800円×12+508,700円)×1.3×0.5×(17.8800-2.7232)=19,884,130

(1)+(2)=20,347,022円

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